line

由来と歴史

縁のおはなし

はじまり

地主神社境内にある「恋占いの石」「しあわせのドラ」「人形祓い」…
それらはいつから、そしてどのようにして始まったのでしょうか。
地主神社に伝わるそれぞれの“はじまり”のお話を紹介していきます。

いにしえより名高い“願掛けの石”

地主神社の境内にある、一対の石。いつからか「恋占いの石」と呼ばれ、幸せな恋を願う人の心のよりどころとなっています。
一方の石からもう一方の石へ、目を閉じたまま歩いて無事にたどり着くことができれば恋がかなう。誰かの助けを借りれば、人のアドバイスを受けて恋愛が成就する。こうした伝承が、いつ頃から始まったのか、それは神代にさかのぼる地主神社の由来と同様に、はるかな昔といえましょう。
室町時代になってようやく、「清水寺参詣曼荼羅」に、満開の桜の下に「恋占いの石」らしき一対の石が描かれ、拝むような仕草の男性の姿が一人、描かれています。また、江戸時代に浅井了意が著した『出来斎京土産』でも、「目をふさぎて、掘りすへたる石より石まで歩みよるに」と紹介され、名高い京の占いであったことがしのばれます。

古い神事の姿を今に伝える

もともと、目隠しをした者が手探りで、一定の距離をおいたものにたどり着けるかどうかで願の成就を占うという行為は、神様にお伺いを立てる古い方法だったといわれています。鎌倉時代の寺では、「目隠しをした善男善女が西門から歩きだし、篠門の石の鳥居の真下に来ることができたら、極楽へ行ける」という遊びもあったそうです。今では、こうした遊びはすっかり行われなくなりました。かろうじて、夏の海岸での“スイカ割り”に、その名残があるだけです。
まさに、古い神事の姿を今に伝えるかたちで受け継いでいるのは、地主神社のみといえましょう。
しかも、米国の原子物理学者・ホースト博士によれば、この石は縄文時代の遺物であるとの説を唱えておられます。とすれば、はるか縄文時代から地主神社にご縁の深い貴重な石。こうしたご縁の深さが地主権現への信仰を生み、良縁を願う人の心をひきつけてきたのでしょうか。
石は静かにたたずみながら、何かを語りかけてくるようです。そして、その声に導かれるように、今日も地主神社の境内では、「恋占いの石」に恋の行方を願う人々が、長い列をつくっています。