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由来と歴史

地主神社の由来

社伝によれば、地主神社の創建年代は、神代(かみよ)つまり日本の建国以前とされ、 あまりの古さにその歴史は明らかではありませんでした。 しかし近年の研究により、本殿前の「恋占いの石」が縄文時代の遺物であるとされています。

また地主神社の鎮座する辺りは、古来「蓬莱山(宝来山)」と呼ばれ、 不老長寿の霊山として信仰を集めてきました。京都盆地が湖となっていた数万年前から、この蓬莱山は陸地であり、信仰の場であったと伝わっています。

建都1100年奉祝奉納絵馬 地主神社境内盛挙の図(一部)
恋占いの石

811年(弘仁2年)、嵯峨天皇が行幸。地主桜の美しさに三度車を返され、 「御車返しの桜」の由来となりました。970年(天禄元年)、円融天皇が行幸。 臨時祭を仰せつかりました。1082年(永保2年)には白河天皇が行幸、17日間参籠(さんろう:神社で昼夜にこもっての祈願 )されました。 これら歴代天皇の行幸も、地主神社の歴史とご神威の貴さを物語っています。

1886年(明治19年)、建都1100年を奉祝して当神社に奉納された絵馬には、 当時の風俗と共に、良縁祈願に訪れる娘さん達の様子が生き生きと描かれています。 身分・性別を問わず、広範な人々から信仰を集めていたのが、地主神社における信仰の特色と言えるでしょう。

現代、地主神社のご利益は世界各地で知られるようになりました。地主神社のご神徳で、世界が平和で、人々に幸福がもたらされますことを心よりお祈りいたします。

地主神社に行幸された天皇、皇族

嵯峨天皇、円融天皇、白河天皇、有栖川宮幟仁親王、有栖川熾仁親王

地主神社を参拝した武将、文人

坂上田村麻呂、平清盛、平宗盛、梶原影時、豊臣秀吉、徳川家光、東福門院、出雲阿国(歌舞伎奉納)、宗祇(地主連歌奉納)、茂山千五郎(狂言奉納)、北村季吟(芭蕉の師、俳人)、宝井其角(俳人)