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| 平成18年度分バックナンバー |
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| 平成18年12月 「師走」「年越しの神事」 |
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今年も余すところあとわずかとなりました。師走のこの時期、今年の十大ニュースが各紙で発表されますが、残念ながら今年は暗い事件や事故の記憶のほうが多い年ではなかったでしょうか。「21世紀は心の時代」といわれる中で、逆行するような出来事が多発したことは悲しいことです。
輝かしい未来のある小学生の、いじめによる自殺は子を持つ親の立場からすれば、痛恨の極みです。自ら命を絶つ者、そこまで追い詰めた者、両者には悲しみしかありません。どうすればこのような悲しみの連鎖を断ち切ることができるのでしょうか。さまざまな意見や提言が報告されていますが、その根本は病やんだ心の部分をどのように治していくかにあります。
私たちが持っている他人を思いやる優しい心がどのようにして築かれてきたのかを振り返るとき、幼い頃、親や兄弟、親戚、近所の人達など様々な世代の人達が周囲には居て、その人達から日々の暮らしの中で教えられたり、褒められたりして育まれてきたのではないかと思います。現代では同じような環境を求めることは無理ですが、その環境にかわるものの一つは、冠婚葬祭の儀式やしきたりの世界だと思います。多くの人達とかかわりあい、様々な喜怒哀楽に触れ経験することで優しい心が育まれていくのではないでしょうか。
また古くから伝わる祭礼もそういった儀礼の一つといえるでしょう。神聖な空間や時間の中に身を置き、古式豊かな祭礼に触れると、心は落ち着きを取り戻しやすくなります。人をいたわる心、やさしい心はこのような中からきっと芽生えてくると信じます。宗教教育の大切さが再認識される事を願っています。
一方、明るい出来事といえば、悠仁親王のご誕生です。国内のみならず諸外国からもたくさんの祝福メッセージが寄せられ、新しい命の誕生に心温まる思いをいたしました。命名におかれても深い愛情と配慮が感じられました。「悠仁」の「悠」の字には「ゆったりと」「末永く」「久しい」などの意味があり、長く久しく人生を歩んでほしいという意味が込められたと聞きます。来る新しき年は、この言葉が表しているように、ゆったりとした心で迎えたいものです。皆さまにとりましても、実り多い年を迎えられますようお祈りいたします。
12月の地主神社では二つの祭事を執り行います。12月3日(日)は、午後2時より、1年間のえんむすび地主祭りのしめくくりとして「しまい大国祭」を執り行い、参拝の方全員に平和と開運の「こづち守り」を授与します。また、12月31日(日)の「大祓祭」では、1年間の心身のお祓いをし、合わせて来る年の運気上昇・健康と人類の幸福を祈願いたします年越しの神事です。
皆々様におかれましては素晴らしい良きお年をお迎えくださいませ。おしあわせに。
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| 平成18年11月「もみじ祭り」「新嘗祭」 |
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11月23日は「勤労感謝の日」として昭和23年に国民の祝日と定められましたが、それ以前の11月23日は「新嘗祭(にいなめさい)」といい、宮中でも重要な儀式であったことから、今でもその精神が生かされて、自然の恵みに感謝を捧げる感謝祭の色合いが濃く残っています。
丹精込めて育てられた稲が、たわわに実り、色づき、頭(こうべ)をたれている光景は、あたかも収穫の時を待っているかのように見え、豊かな気持ちになります。このような光景を目にするたびに、幼い頃に祖母が口癖のように言っていた言葉を思い出します。米という字は八十八と書くでしょう。私たちがお米を手にするまでには八十八もの手間暇をかけてやっと出来上がるのだから、一粒だっておろそかにしてはいけない。粗末にしたら目がつぶれる。こんな口調だったと思います。
水不足、日照不足、害虫駆除、台風対策など収穫まで一時たりとも自然の動きに目が離せません。このような労苦を知っているからこそ、自然の恵みに感謝する素直な心が生まれます。自然の脅威に耐えて、大きな実りを得られるのは、人間の力以上に、神の存在があればこそと思うのは当然であり、神に感謝する気持ちが素直に現れてくるというものです。
昨今、飽食の時代と言われ、給食の食べ残しやコンビニでの賞味期限切れによる廃棄処分を見聞きしますと、食べ物への感謝の念が少しずつ薄れてきているようで悲しく思います。ですから、あらためて自然の恵みに感謝する心を見直していただき、素直な感謝の心を取り戻していただきたいと思います。神聖な場所で、厳かな空気に包まれた中に身を置いて、素直な心で手を合わせ、心を磨かれてはいかがでしょう。
地主神社では、今年も11月23日(祭)午後2時より「もみじ祭り」として、新嘗祭と同じく秋の収穫に感謝する祭典を執り行います。
京都東山の不老長寿の霊山・宝来山で採れたもみじも美しく巫女が「もみじの舞」を奉納。次いで「剣の舞」「扇の舞」を奉納して神霊をお慰めいたします。本殿では、今年の新米で醸造された濁り酒を奉献、宮司が祝詞を奏上し、世界平和、健康長寿、良縁成就、家内安全、厄除招福を祈願いたします。東山の紅葉散策をかねてお出かけくださいませ。皆々様のご参拝をお待ち申し上げます。おしあわせに。
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| 平成18年10月「慶祝 悠仁親王さまご誕生」「実りの秋、祈りの秋」 |
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秋篠宮悠仁親王さまのご誕生を心よりお祝い申し上げます。
ご退院の際、真っ白いお身ぐるみからのぞくお顔をテレビで拝見し、清々しい気持ちになりました。暗いニュースが多い中、大変慶ばしい知らせとなったのは言うまでもありません。悠仁親王さまのお健やかなご成長をお祈り申し上げます。
さて、自然は秋の出番です。空は高く、実りの秋、収穫の秋、そして読書の、芸術の、と様々な顔を持つ秋です。また一方では、「人恋しい秋」の表情も持っています。人と人の出会い、特に男女の出会いは、いつどこに用意されているか分かりませんが、秋にもきっと多くの出会いがあるはずです。
地主神社は京都でも最古の縁結びの神さまとして知られており、秋を迎えてこれからは一段と多くの方々がお越しになります。中でも修学旅行生の方は、「縁結び・恋愛成就」のお願い事でご参拝になることが多く、神様に熱心に手をお合わせになる姿からは信心の深さが伝わり感心させられます。そのように真剣に手をお合わせになる生徒さんがいらっしゃるかと思うと、「恋占いの石」に黄色い歓声を上げていらっしゃる方もあり、その姿も私にはとても微笑ましく映ります。
多くの方は、初めて神様に手をお合わせになった時のことを覚えておられないのではと思います。ご両親やご祖父母と一緒に神社、仏閣にお参りし、見よう見真似で手を合わせたのが最初ではなかったでしょうか。意味は分からないけれど、無言で神さまに手を合わせる、その行為を体験し、幼いながらも敬虔な行為として、自然と受け入れてきたのでしょう。
地主神社には、こうしたお若い方だけでなく、様々な年代の方々にお参りいただいています。もちろんお願いごとは、開運招福、家内安全、厄除、健康長寿、商売繁盛、受験合格などさまざまですし、また、子供夫婦の海外転勤の際、お母さんが子供に持たせてやりたいとお守りをお受けになるといったことも多くなってきました。神さまのご加護を祈ると同時に、お母さんの願いもお守りという形に託されておられるのでしょう。
さらには、海外からの参拝者も増えて、境内はほんとうに国際色豊かです。さまざまな方々が幸せを求めて訪れる地主神社には、皆さんの願いと熱気によって境内には運気があふれ、この運気がさらに多くの人々の信心を呼び寄せているのではないでしょうか。皆さま方もえんむすびの神さまのパワーを授かりにぜひご参拝くださいませ。
おしあわせに。
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| 平成18年9月「敬老の日」「不老長寿の霊山・蓬莱山(宝来山)」 |
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自然の営みは素晴らしいもので、大変な猛暑のなかでも、思わぬところで着々と季節は進んでいるようです。住宅地で赤とんぼを見かけたり、空に入道雲の一部を刷毛で掃いたような細い雲が混じっているのを見つけると、この暑さももう少しの辛抱だと、改めて暦の正しさを思います。
そしていよいよ次は、実りの秋、収穫の秋、芸術の秋。嬉しい季節の到来です。それは祖先を敬い、しみじみと感謝する季節でもあります。
地主神社では、今年も9月18日の敬老の日に敬老祭を執り行います。地主神社の歴史は古く、京都でも最古のお社です。境内地は「蓬莱山(宝来山)」と呼ばれ縄文期から不老長寿の霊山として信仰されてきました。この古い土地や自然への信仰が、先祖崇拝と結びつき、さらには自分自身の不老長寿への信仰となったのでしょう。祖父母や両親が長寿であることの喜びは、子や孫たちの心の隅に、人生のよりどころともなります。その存在は、気付かぬうちに私たちをを勇気づけ、助け、そして成長させてくれます。
我が国は、平均寿命81.9歳(男女平均:02年度)で世界第一位の長寿国。これは喜ばしいことです。しかし、悲しいことに、最近は高齢者の暗いニュースを耳にすることが多く残念なことです。ご先祖、祖父母、両親、そして高齢者を支える若い人たちの心に、感謝の気持ちや敬うゆとりがなくなっているのでしょうか。物質的に豊かでも、心の豊かさがそれについてきていないのでしょうか。
老いは誰もが辿る道です。同じ道なら、石ころやゴミのない、道端には季節の草花が咲き、小川のせせらぎが聞こえる、そんな道であってほしいと願うでしょう。人は一人では生きて行けません。周りの人の支えがあってこその人生です。ご自身のそんな願いを人と分かち合うことができれば…。
敬老祭は、ご先祖を敬い、生かされていることへの感謝と、さらにはご自身の健康長寿を願うきっかけとなるお祭りでもあります。地主神社には、えんむすびの神様とともに長寿の守り神・大田大神さまもお祭りされています。皆々様の健康、長寿を心よりお祈り申し上げます。おしあわせに。
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| 平成18年8月「大文字」「祈りの夏」 |
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祇園祭も終わり、次いで8月16日の大文字五山の送り火で今年の夏もいよいよ終わりを告げます。この五山の送り火と併せて語られるのが、京都地主神社の近くの六道の辻にある六道珍皇寺の「六道まいり」です。8月7日から10日の間に境内の鐘をつくとご先祖の御霊が家にお帰りになると伝えられています。京都ではご先祖の霊を「お精霊(しょらい)さん」と、畏敬と親しみの気持ちをこめて呼びます。そして8月16日の夜、大文字山に点火されると、ご祖先の魂がこの明かりに照らされてあの世という霊界にお帰りになるのです。だから京都ではこの火を「送り火」と呼ぶのです。暗闇の中に燃え上がる火を仰ぎ見れば、ご先祖への感謝の心が自然と湧いてきて、素直な気持ちで手を合わせてしまいます。この送り火を、水やお酒をいれた盃に映して飲むと中風除けになるという言い伝えもあります。
お盆行事のおしまいは、子供達が楽しみにしている「地蔵盆」です。8月の23、24日あたりの土・日曜日、それぞれの町内ごとに会場を選びお地蔵さんを祀ります。地蔵盆は子供たちの健やかな成長を願う催しで、この日ばかりは子供が主役で、町内の人達からとても大事にされる行事です。子供達はもちろん、大人同士も地蔵盆のために集まり、協力しあう中で自然とコミュニケーションが生まれます。こうした光景は、地主神社の例大祭などでもみられます。大人と子供が一緒になってお神輿を担ぎ、大きな掛声をかけながら進めていく。そんな中で地域のきずなや、コミュニケーションが深まります。それは神様に祈りを捧げ、ご利益を授かろうというみんなの思いが一つになるからでしょう。
京都の夏が、神や仏への祈りに始まり、終わってきたように、神様やご先祖を敬う行事やお祭りが、私たちの生活の中にいつまでも根付いていて欲しいと願います。神様やご先祖を敬う心が受け継がれ、感謝の気持ちをさらに深めていただくことは、大変喜ばしいことだと思います。
お盆の行事のようにご先祖を崇め、お迎えるという信仰は元来、神道で行われていました。現在でも、近いご先祖は仏様としてお祀りし、遠いご先祖は氏神様として神社にお祀りするとされる地域があります。近いご先祖は、それぞれのお家を守り、遠いご先祖は、神となり地域や国を守ると信じられているのでしょう。
神様やご先祖は、感謝の心と深い信仰の念を捧げることにより、私たちを見守り、安寧な暮しをもたらしてくださるのです。皆々様のご多幸を心からお祈り申し上げます。おしあわせに。
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| 平成18年7月「七夕祭り」「織姫 彦星」 |
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最近は、日々の忙しさにかまけて空を見上げるゆとりのない方が多いようですね。時折、月明かりに気付いて空を見上げることはあっても、星をながめることはほとんど無いでしょう。でも今年の七夕には少し立ち止まって、夜空を仰いで見てはいかがでしょうか。
牽牛(彦星)と織女(たなばたつめ)(織姫)が一年に一度だけ天の川をはさんでの逢瀬を天空のかなたで繰り広げる七夕伝説は、何と壮大でロマンチックなストーリーであることでしょう。この物語のヒロイン、織女は機織り上手で、七夕祭りはそんな織女にあやかり、諸芸上達や恋の成就の願いを短冊にしたため、笹に吊して星に祈ります。
京都の家々でも、この時季になると、老若男女それぞれが願い事を五色の短冊に書き、星に祈りを捧げる風景がよく見られます。
一方、古式豊かな七夕の行事として冷泉家の星祭(冷泉家の乞巧奠(きこうでん))があります。冷泉家は「新古今和歌集」の撰で知られる藤原定家の流れを汲む名家。管絃の奏楽や和歌の披講が行われる星祭は、京都の夏を告げる行事の一つとなっています。
地主神社、七夕祭りは7月7日、午後2時から執り行われます。織姫さまと彦星さまが、年に一度の再会を楽しむ物語にちなみ全国各地から寄せられた「七夕こけし」を、本殿前に立てられた竹に吊るし、恋の成就、良縁の達成を祈願致します。
皆様のご参拝をお待ち申し上げます。
“天の川 楫(かじ)の音聞ゆ 彦星と織女 今夜(こよい)逢ふらしも”(作者:柿本人麻呂・万葉集・第十巻)
※楫(かじ)…船をこぎ進める道具。
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| 平成18年6月「夏越しの大祓い祭」「茅の輪くぐり」 |
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6月は一年の半分にあたる節目の時期です。これまでの半年間に溜まった罪や穢れを祓って、残りの半年を乗り切る鋭気を養う神事、それが「夏越しの大祓い」です。
一年の前半の反省をし、また新たな想いで後半戦にのぞむ折り返し地点であり、また梅雨期は食あたりや食中毒が発生しやすく、健康的にも不安定な時期といえるかもしれません。そんな半年間を再点検する機会ととらえれば、今の暮らしにも大いに意味のある行事ではないでしょうか。
地主神社では、毎年6月30日に悪疫退散・厄除・開運招福を祈願する「夏越しの大祓い祭」を執り行っています。神社本殿前に直径2メートル程の「茅(ち)の輪」を設けておりますので、この輪を三回廻って、穢れを祓い清め、残りの半年の無病息災や健康を祈っていただきます。
茅の輪くぐりは奈良時代に宮中で始められた神事で、盛夏の伝染病、災難除けを祈願する神事です。この茅の輪の「茅」は「ちがや」という植物で造られていて、その葉は触れると膚を切るほど鋭利なことから、この鋭い葉で身や心についた穢れを削ぎ落とそうと古代の人は考えたのです。
いにしえより、6月の晦日(30日)は、庶民こぞって神社に殺到し茅の輪くぐりで大いに賑いをみせていたようです。俳人・小林一茶が「茅の輪」を題にして多くの句を詠んでおり、その当時の雰囲気が伝わってくるようです。
”一番に乙鳥(いつちょう)のくぐるちのわ哉” (七番日記:文化11年) ※乙鳥はつばめ
”母の分んも一つ潜るちのわ哉” (八番日記:文政3年)
”髪のない頭も撫る茅の輪哉” (梅塵八番:文政4年)
”御袋は猫をも連てちのわ哉” (文政句帖:文政8年)
地主神社では、人を形どった10センチの紙札に、名前を書き、息を吹きかけ、身代わりとして流し、夏の無病息災を願う「人形(ひとがた)祓い」など古式による神事を受け継いでいます。
また、この6月30日には「水無月(みなづき)」という和菓子を食べる風習があります。三角形のういろ(ういろう)の上に甘い煮小豆が載ったもので、三角形は氷室の氷を表し、小豆は疫病の悪魔祓いの意味があるとされています。神社の神事は人々の生活に深くとけ込み習慣化しながら、受け継がれてきたのです。
清く明るく、活力に満ちた精神を取り戻していただきますよう、神官一同は大祓いの祝詞を唱え皆様の開運招福を祈願いたします。多数のご参拝をお待ち申し上げております。おしあわせに。
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| 平成18年5月「例大祭 地主祭り」「臨時祭」 |
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5月は、京都でもさまざまな祭りが催されます。平安の頃、貴族の間ではまつりといえば葵まつりを意味したように5月の代表的なお祭りの一つです。お祭りには、自然の恵み、すなわち神の恵みに感謝を捧げるものや、災害や疫病などの災難を鎮めるために行われるものなどがあります。7月の祇園祭などは、まさに疫病退散を祈願して行われた祭りです。祭りになると人々は荘厳な気持ちになり、高揚した状態にもなります。この様子はまさに神霊と通じあっていることの表れといえるでしょう。祭りを通して得た神の力により、自己の魂が浄化され、病魔を追い払いあるいは、実りがもたらされるのです。
さて、地主神社で5月5日に執り行います例大祭「地主祭り」は、約千年を遡る970年(天禄元年)円融天皇が即位された翌年の11歳のおり、行幸(お越しになる)され臨時祭を仰せつかり、以後毎年行うこととしたものです。葵祭も、災いが起こった年に臨時祭として行われました。臨時祭の多くが災いを神の怒りととらえ、それを鎮魂するために挙行されたといいます。
ともあれ、祭りは氏子や庶民が参加しておおいに楽しめ、禍をひと時忘れることができるからこそ、皆がこぞって集まり、長きにわたり存続してきたのではないでしょうか。そのあたりの様子を記したものに「山城名所寺社物語」(江戸時代中頃)があります。これによりますと「御神事は四月九日(現在五月五日)、清水坂八坂までの祭りなり。氏子の分、色々の作り物をして花をかざり、わけて茶屋のむすめ、風流なる染色の小袖をきせて、はやり小歌によそへておどる。所からとてしほらし々」
と茶屋町にふさわしい余興のあったことが記されています。
この他に多くの歌人達も「地主祭り」を詠んでいます。
“宗盛も 車に見ゆれ 地主祭り” 紫暁 “影清は 地主祭りにも七兵衛 ” 太祇
“押しあふて 車やどりや 地主祭り” 瓜流
古のお祭りの様子を今に伝える神幸行列は、午後1時、地主神社でお祓い式の後出発。旗・太鼓・平安雅楽会による雅楽奏楽・白川女・神官・巫女・武者・稚児・裃列・氏子信徒らが清水坂、三年坂、霊山町、茶わん坂など清水一帯を練り歩きます。
午後2時30分頃、地主神社ご本殿において祭典があり、宮司が祝詞を奏上し、世界平和、家内安全、事業繁栄、そして縁結びをご祈願致します。
どうぞ皆様この由緒あるお祭りの日にご参拝下さいませ。 おしあわせに。
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| 平成18年4月「京都の桜」「えんむすび祈願さくら祭り」 |
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厳しかった冬がようやく終わり、桜の季節となりました。
京都の人々は長い底冷えの冬を耐えてきただけに桜への想いは人一倍です。
街中といわず、川辺や周囲の山々といわず、すぐ間近に桜を見ることができます。
また舞台の上も花盛りです。都をどりに始まり、京おどり、北野をどりと、春のおどりはどれも桜が満開の頃、艶やかに繰りひろげられます。
このように、京都とは切っても切れない桜ですが、美しい桜を京都でみることができるのは、陰で支える人々があってのことです。有名な円山公園の中央にある枝垂桜(シダレザクラ)はまさに圧巻。毎年、変わらずに見事な花を咲かせるのは「桜守り」「桜の名医」と呼ばれる佐野藤右衛門氏の献身的な努力の賜です。地主神社にも先代の佐野藤右衛門氏の手により献木いただいた桜があります。
京都には、各所で固有の名前がつけられ長く愛されている桜も多くあります。京都御苑の糸桜、嵐山の里桜、仁和寺の御室の桜、清水寺の紅枝垂桜等々、数えあげればきりがありません。
地主神社にも同様に「地主桜」と呼ばれ親しまれている桜があります。この地主桜は、平安時代、花使いの白川女により毎年御所に献上していました。それほどに格調の高い気品のある桜です。また嵯峨天皇の行幸の際、この桜の美しさに二度、三度御車を返されたという故事により別名を「御車返しの桜」ともよばれるようになりました。その他、謡曲「田村」「熊野(ゆや)」など数多くの中世の文学にも登場しています。俳人・松尾芭蕉の師で、歌人・国文学者であった北村季吟の名句も残っています。
“地主からは 木の間の花の 都かな”
(意味:地主の桜の美しさにみとれていると、その木々の間から見える京の都もなんと美しいことか。)
北村季吟は近江の国(現在の滋賀県・野洲)の出身で、貞門俳諧(江戸期俳諧の一派)・和歌を学び、江戸幕府の歌学方にも登用された人物。「源氏物語湖月抄(げんじものがたりこげつしょう)」や「土佐日記抄(とさにっきしょう)」の古典注釈の著作活動にも励んでいました。昨年没後300年を迎え、近江三聖人の一人としていまも多くの人々に親しまれています。
彼は上記の他にも桜の句を詠んでおり桜愛好家の一面も垣間見られます。
“一僕と ぼくぼくありく 花見哉”
(意味:一僕(一人の下男)と、ぼくぼく(ゆっくり歩く足音)たてながらのどかに楽しめる花見だなあ)
人の心を揺り動かす桜の花がこれほどに美しく咲き、またこのような名句を生み出すのは、桜に宿る神様の霊力があるからこそです。
その神様をお祭りし、祈願してご利益を戴くのが「えんむすび祈願さくら祭り」です。
祭典中、献句式で北村季吟の俳句を献詠します。
皆々様にはこのご神威の輝く由緒あるこの祭典に是非ご参加いただき、縁結び・開運招福をお祈りくださいませ。
おしあわせに。
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| 平成18年3月 「慶祝 紀子様ご懐妊」「春のご利益参り」 |
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秋篠宮文仁親王妃紀子殿下ご懐妊、心よりお祝い申し上げます。
ライブドア問題やマンション耐震強度偽装事件など、暗いニュースが多い中、たいへん慶ばしい知らせとなったのは言うまでもありません。お健やかな新宮様ご誕生を願うばかりです。
このご慶事の一方で、皇室典範改正論議があります。女系天皇を認めるというこれまでのご皇室の伝統を大きく変える議論がされています。ご皇室がますますの弥栄(いやさか)となりますよう、いっそう議論を深めて頂きたいものです。
この冬の寒さがたいへん厳しいものであっただけに春の訪れを心待ちにしておられる方も多いのではないでしょうか。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、春分の日の頃には、気候も陽気となり、たくさんの方々が地主神社に訪れます。修学旅行生の参拝者が増えてくるのもこの時期です。「恋占いの石」や「恋占いおみくじ」が修学旅行生に人気が高く、占いの結果に黄色い声が境内へ広がり、たいへんな賑わいになります。縁結びの神さまとして有名な地主神社ですが、より自分を高めるため、学業向上に「成績向上守」、クラブ活動の充実に「勝守」を求める方が多くおられますし、父母に「健康守」、祖父母に「長寿守」を授かろうとなさる心優しい方もおられます。昨今、若い方々による嘆かわしい事件をよく見聞きしますが、たいへん心のバランスのとれた方々が参拝されており、頼もしく感じております。このような方々にこそ神さまはご利益をもたらしてくださるのです。
最近では、海外からの参拝者も増えており、境内は国際色豊かです。さまざまな人々が幸せを求めて訪れる地主神社。皆さま方もえんむすびパワーを授かりにぜひご参拝ください。 おしあわせに。
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| 平成18年2月 『節分祭』『開運招福・厄除け祈願』 |
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2月3日は節分の日で、全国の社寺で盛大に節分祭がおこなわれます。
地主神社でも、午後2時より祭典があります。そして宮司、神官、巫女が立ち並び、「鬼は外福は内」の声も高らかに豆をまき、厄除け、悪疫退散、開運招福の神事をおこなうのは、国の重要文化財に指定され世界遺産でもある「拝殿」です。
「拝殿」の天井には、狩野元信の筆による丸竜が描かれています。この竜は、音羽の滝の水を飲むため夜ごと天井を抜け出したことから、恐れられ、目を釘で打ち付けられたという伝説もあり、いずれの方角から眺めてもこちらをにらんでいるように見えるところから、『八方にらみの竜』とも呼ばれています。
竜は古来より厄を除け福をもたらすともされ、丸竜が豪華絢爛に描かれる「拝殿」は節分の豆まき神事がおこなわれるのにふさわしい場所なのです。「拝殿」では、厄年祓いなどの特別祈願もおこなわれております。
また、節分でまかれる豆には、古来、穀霊が宿るとされ、その霊力により、悪霊を祓う力があるといわれています。
節分は立春の前日ことで、立春とは新しい年が始まることを意味します。
ぜひ、みなさま方には、ご参拝いただき2月4日の新年を実り多い良い年として、立
春大吉とお迎えいただきたいますように・・・。おしあわせに。
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| 平成18年1月 『えんむすび初大国祭』 |
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新年あけましておめでとうございます。
地主神社では1月1日元旦祭、1日〜3日えんすむび初大国祭といった年始のお祭りや、9日には成人祭など祝賀の祭典を執り行います。
その中でも、「えんむすび初大国祭」では、神事の一つとして古代縄文より伝わる石笛を奏します。当ホームページのトップ画面でもその音色をお聴きいただけますが、実際にご参拝いただき、冬の神々しい空気に満ちた境内でその響きをお聴ききください。石笛の音色は天にもとどくようにするどく澄んでおり、新年に際し諸々の罪穢れを祓い、皆々様を清らかなお気持ちにすることでしょう。また、石笛によりお招きする神霊は新しい年のご利益のある神さまであり、新たなお気持ちである皆々様に、新たなご縁、より強いご縁をお授けくださいます。
地主神社では、以前に参拝者の方々にアンケートをいたしましたところ、全体の7割の方がすがすがしく清らかな気持ちになったとお答えになっています。
お正月で心清らかとなり、皆々様にはすばらしい出会い、良縁、友人知人とさらに友情を深め、希望と夢のある人生をお歩みください。
おしあわせに・・・・。 |