令和7年4月 「エイプリルフール」「四月ばか」「桜」「在原業平」「穀雨」
4月1日はエイプリルフール。日本語では「四月ばか」といいます。
「ばか」に「馬鹿」という漢字をあてるのは一説によると、昔、中国で鹿を馬といつわって皇帝に献上したという故事に由来するそうです。『源氏物語』にはそれを踏まえた言い回しも登場します。
かの鹿を馬と言ひけむ人(源氏物語)
(あの「鹿」を「馬」と言ったとかいう人が)
「桜伐(き)るばか 梅伐らぬばか」という言葉もあります。これは樹木の剪定を教えたもので、桜は切るとその部分が弱るので切らない方がよいが、梅はよけいな枝を切った方が花実がよくつくそうです。
どの花もすこやかに美しくあれと願う心は、昔も今も変わりはないものですね。
ことし生誕1200年を迎える平安時代の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)は、桜の開花を心待ちにする思いの深さを詠んだ歌ものこしています。
世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(古今和歌集)
(もし世の中に全く桜がなかったら、春の人の心は穏やかだっただろうなあ)
また、桜の開花は農作業の始まりを告げるものでもありました。
4月20日は「穀雨(こくう)」。この時期に降る雨は大地を潤し百穀に実りをもたらす恵みの雨とされます。
春雨や蓬をのばす艸(くさ)の道(松尾芭蕉)
(春雨が降っているよ、草の道のよもぎを伸ばすように)
地主神社は社殿修復工事のため閉門しておりますが、
恋愛成就や家族の健康をねがうお守り、
ご祈願についても郵送で受け付けております。全国から郵送で寄せられるご祈願の一つひとつに神官がお名前、ご住所、生年月日を読み上げ、神さまに縁結びや開運招福を祈願しております。
どうぞこの春も皆様に素晴らしいご縁が訪れますように。おしあわせに。
令和7年3月 「桃の節句」「上巳の節句」「啓蟄」「春分」「春はあけぼの」
3月3日のひな祭りを「桃の節句」といいます。桃は古くから邪気を払うとされてきました。
『古事記』には冥界からの追っ手に桃の実を投げつけて退散させる場面もあります。
桃子(もものみ)を三箇(みつ)取りて待ち撃ちしかば、悉(ことごと)く坂を返りき(古事記)
(桃の実を3個取り、待ち受けて撃つと、(追っ手は)すべて坂を逃げ帰って行った)
ひな祭りはもともと「上巳(じょうし)の節句」と呼ばれました。「上巳」とは3月最初の「巳(み)の日」のことです。この日に身についたけがれを紙で作った人形(ひとがた)に移し、海や川に流しました。
弥生(やよひ)の朔日(ついたち)に出で来たる巳の日、「今日なむ(中略)みそぎしたまふべき」(源氏物語)
(三月の初めにめぐってきた巳の日に「今日は(中略)みそぎをなさるのがよい)」)
そして3月5日は「啓蟄(けいちつ)」。冬ごもりをしていた虫が地中から這い出してくるとされる頃です。
春の陽気に誘われて、冬眠していた蛇も穴から出てきます。
けっかうな御世(みよ)とや蛇も穴を出る(小林一茶)
(よい世の中になったと思ったのだろうか、蛇も穴を出る)
3月20日の「春分の日」からは昼が少しずつ長くなり、日の出が早くなっていきます。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山際(やまぎは)少し明かりて(枕草子)
(春は明け方がいい。次第にあたりが白くなっていくうちに、山際の空が少し明るくなって)
地主神社は社殿修復工事のため終日閉門しておりますが、
恋愛成就や家族の健康をねがうお守り、
ご祈願についても郵送で受け付けております。全国から郵送で寄せられるご祈願の一つひとつについて神官がお名前、ご住所、生年月日を読み上げ、神さまに縁結びや開運招福を祈願しております。
どうぞ皆様に素晴らしいご縁が結ばれ、お健やかに春をお迎えいただけますように。おしあわせに。
令和7年2月 「鬼」「儺(な)」「豆」「恵方」「立春」
2月2日は節分。童心に返って豆まきを楽しむ方もおられることでしょう。
「鬼は外、福は内」と言いますが、昔は鬼のことを「儺(な)」と呼びました。平安時代に藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)が著した『蜻蛉日記』には人々が「儺」を追い払う様子が描かれています。
童(わらは)、大人(おとな)ともいはず、「儺(な)やらふ儺(な)やらふ」と騒ぎののしる(蜻蛉日記)
(子どもも大人も「鬼は外、鬼は外」と騒ぎたてる)
「豆」の読みである「マメ」は誠実さや勤勉さ、健康を意味する「まめ」に通じることから、健康長寿を願って年の数だけいただくようになりました。
まめなる男ども二十人ばかりつかはして(竹取物語)
(忠実な家来たち二十人ほどをつかわして)
節分といえば恵方巻をいただくことも楽しみの一つです。
恵方というのはその年の縁起の良い方角のことですが、昔は「方(かた)違(たが)え」といって、節分に縁起の良い方角を訪れる習わしがありました。平安時代に清少納言が著した『枕草子』によると、行き帰りはなかなか大変だったようです。
節分(せちぶん)違(たが)へなどして、夜(よ)深(ぶか)く帰る、寒き事いとわりなく(枕草子)
(節分の方違えなどをして夜遅く帰るのは、寒いことはまことにこの上なく)
節分の翌日は立春、まだまだ寒い日が続きますが、暦の上ではもう春です。木々たちは春に向かって花芽をふくらませています。
万代(よろづよ)に年はきふとも梅の花絶ゆることなく咲き渡るべし(万葉集)
(何万年と年は過ぎても梅の花は絶えることなく咲き続けるだろう)
地主神社は社殿修復工事のため終日閉門しておりますが、
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この春も皆様に素晴らしいご縁が結ばれ、お健やかにおすごしいただけますように。おしあわせに。
令和7年1月 「元日」「屠蘇」「御薬」「大寒」
あけましておめでとうございます。
日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。お正月の祝い酒といえば新年の無病息災を願っていただく「お屠蘇」があります。
屠蘇はもともと「屠蘇散(とそさん)」といって、古代中国の漢方薬が日本に伝わったものです。宮中では元日の儀式に用いる「御薬」として献上される習わしでした。
元日御薬〈略〉屠蘇一剤(延喜式)
(元日の御薬は(略)屠蘇を一服)
平安時代の『土佐日記』には、旅先でお正月を迎えた一行に当地の医師が屠蘇と酒を差し入れる場面も描かれています。
医師(くすし)ふりはへて、屠蘇(とうそ)(中略)酒加へて持て来たり。(土佐日記)
(医師がわざわざ屠蘇などの薬に酒を添えて持ってきた)
新年の旅といえば古里の家族と過ごすというかたもおられることでしょう。旅先でも、わが家でも、大切な人と新年の盃をかわすのは嬉しいものです。
帰り来(こ)む日に あひ飲まむ酒そ この豊御酒(とよみき)は(万葉集)
((皆が)帰って来る日に一緒に飲む酒だよ、この美酒は)
地主神社は社殿修復工事のため閉門しておりますが、
恋愛成就や家族の健康をねがうお守り、
ご祈願についても郵送で受け付けております。全国から郵送で寄せられるご祈願の一つひとつについて神官がお名前、ご住所、生年月日を読み上げ、神さまに縁結びや開運招福を祈願しております。
お屠蘇気分が抜けると1月20日は「大寒」。一年で最も寒いとされる頃です。
大小寒(だいせうかん)のころほひ、いみじう雪降り冴えたる夜(大鏡)
(小寒から大寒の寒中の頃、ひどく雪が降って冷え込んだ夜)
寒さ厳しき折から、くれぐれもご自愛くださいませ。
本年も皆様に素晴らしいご縁が結ばれ、お健やかに一年をおすごしいただきますように。おしあわせに。