えんむすびの神さま 京都地主神社
神・こころ・ひと・日々新たに
縁結び祈願 京都地主神社 ご利益ページ 恋愛の神様 ご祈願ページ 地主物語
参拝時間 午前9時〜午後5時
地主物語プロローグ | 縁のはじまり | 縁を贈る | 地主物語 | 縁を詠む | 良縁を呼ぶ特別祈願
TOP >> 地主物語TOP >> 縁を詠む
  地主物語メインイメージ  
 
開運もくじ
地主物語−プロローグ−御車返しの桜
TOPページ
地主物語
縁のはじまり
縁を贈る
縁を詠む
縁むすび特別祈願
 
縁を詠む
第2回 熊野(ゆや)
平安時代の平家全盛の頃のことです。平清盛の息子・宗盛が遠江(静岡)の守であった時、非常にお気に入りであった熊野(ゆや)という娘を、都に連れ住まわせました。老母を置いたまま都での暮らしも長くなってきた熊野(ゆや)ですが、母の病を知り気がかりでありませんでした。
そんなある日、母の使いの朝顔が一通の手紙を携えて、容態の悪いことを知らせに来ました。母の手紙を読んだ熊野(ゆや)は、宗盛のもとにかけつけ、すぐにお暇をくださるようお願いするのですが、聞き入れられません。宗盛は、「この春の見事な桜を一緒に楽しめば、気持も安らぐはず」と、早速花見車をしたてて、清水へ出かけることになりました。
image
地主桜の木と謡曲の立て札
(地主神社境内)
道中、春の都の景色に熊野(ゆや)も一瞬は感動するのですが、心で思うのは母のことばかり。やがて車は清水に着くと、間もなく酒の宴が始まりました。
あたり一面に咲き匂う美しい地主桜の中に身を置いている幸せを感じながらも、余命いくばくもない母に会うことができない悲しさに浸っていますと、
「熊野(ゆや)よ、このすばらしい花の宴に、ひとさし舞って花をそえなさい」
宗盛から舞いを勧められ熊野(ゆや)が「中の舞」を舞い始めますと、急にはげしい村雨(むらさめ)が降ってきました。舞いを中断した熊野(ゆや)は、宗盛に、
「花がいっせいに散りましたが、どのようにご覧になりますか?
  ほんに情け知らずの村雨ですこと・・・」
と言いつつ、散る花を扇で受け、その場に座りました。
そして、熊野(ゆや)は、一首したためて宗盛に差し出します。
いかにせん 都の春も惜しいけれど 馴れし東の花や散るらん
 
熊野(ゆや)の心の奥を読む歌の風流に、宗盛の心も動かされ、お暇をとることをお許しになりました。あの村雨は、母子の縁を大切にする、地主権現(じしゅごんげん)のはからいだったのでしょう。
今も縁結び祈願さくら祭りでは、謡曲「田村」「熊野」に謡われた名桜「地主桜」の美しさを賛え、恋の開花を祈願する春の祭典、謡曲「田村」「熊野(ゆや)」奉納などが行われています。
熊野(ゆや)   村雨(むらさめ)
遠江の国池田(静岡県磐田市池田町)出身の娘。池田は天龍川の渡し船が出る地であったことから多くの宿が点在し、それらの宿の長者の娘だといわれており、このエピソードからも、舞や歌に長けた才女であったことがうかがえる。宿主の名前をとって『熊野(ゆや)』と呼ばれたが、本当の名前は知られていない。
のちに上の歌は『熊野(ゆや)』と呼ばれ、今に伝わっている。
  花が一斉に散るほどの激しいにわか雨のこと。
天気などを含めた厳しい条件の上で慎重に決められる花見の宴の席で、このような激しい雨が降ることは極めて珍しいことである。おそらく母子の絆を思われた神の「おかげ」が、村雨となって現れたのであろう。
 
バックナンバー
第1回 平安時代に詠まれた歌
第2回 熊野(ゆや)
第3回 田村
第4回 閑吟集 に戻る
  特別祈願
ページ上部へ